kurayamisaka
※11月3日(火)の発売日以降の入荷となります。
kurayamisakaは“喪失”と“夏の終わり”を歌い続ける。去りゆく季節に想いを馳せ、別れの寂しさを轟音とメロディにしのばせる──取り憑かれたようにいつも、いつまでも。結成からもうすぐ五年。“今もっともライヴのチケットが取れないバンド”として、上昇気流の真っ只中にいる彼らは、巡るめく季節に立ち止まる暇もなかったはずだが、いつだって夏を最高速で抱き締めてきた。そう、《夏は影の中 日々は流れて長い髪が揺れていた》《君のことも忘れてしまった 僕を見たら笑ってしまうかな》と口ずさむ、キャリアの始まりの曲「farewell」で音楽シーンを震撼させたあの日からずっと。広く絶賛された1stアルバム『kurayamisaka yori ai wo komete』も、やはり“喪失”と“夏の終わり”をテーマにしていた。《夏は過ぎたというのに まだカキ氷食べてる》と歌う「modify Youth」、八月の逃避行を歌にした「nameless」、夏日にやり場のない憂鬱を抱え、行き場もなく自転車を走らせる「jitensha」……。これほど夏を題材に取り上げながら、「evergreen」では《夏がたりないね》と儚い笑みを浮かべ、眩しくて切ないギターロックを奏でてみせる。流れる景色もこれでお別れと思うと、急に愛おしくなって胸を締め付けるが、夏の終わりを歌にし続けるかぎり、このバンドの夏が終わることはないのだろう。かくして2026年の夏に届けられた新曲「summer film」で、歌詞の中の《私》は、フィルムという名の記憶に焼きついた《夏の終わりを迎えに行く場面》に想いを馳せている。一緒に笑い、手を振り合う《君》は、すでに遠い過去へと過ぎ去ってしまったのだろうか。夢から醒めた夢を見るように、夕暮れの跡を眺める《私》。清水 正太郎が一貫して綴ってきた、ほろ苦いノスタルジーがこの曲にも淡く横たわっている。全体の曲調も含め、kurayamisakaのシグネチャーが遺憾無く発揮された楽曲であることは間違いない。そこで単なる延長線上を超えた魅力を感じずにいられないのは、サウンド面で目を見張るほどの成長を遂げているから。とりわけ素晴らしいのは、張り裂けそうなギターソロとともに、情感のギアが一段上がる3分過ぎの展開。歌詞だけでは表現しきれないフィーリングを作曲の妙で描き出し、リズム隊がドラマティックに盛り立てる。結成当初は「AIのように歌ってほしい」とオーダーされていた内藤さちが、複雑なメロディを表情豊かに乗りこなし、エモーショナルな歌唱を天まで届けているのも感動的だ。そして、終盤に耳を惹きつけるのは、男性メンバー陣による童謡「シャボン玉」のコーラス。いつかは壊れて消えてしまうもの──馴染み深い“喪失”のモチーフが、この曲に普遍性をもたらしている。より大きなステージに立とうとしている今のkurayamisakaにふさわしいスケール感、アンセムとしての風格と包容力をもった一曲だ。令和のオルタナを象徴する彼らが、これまでの歩みと矛盾することなく、王道的ともいえる楽曲と演奏の強度、確固たる記名性をいよいよ手に入れたようにも映る。トラックリスト:A面: summer film (リード曲)B面: 浜辺に散る
(発売・販売元紹介文より)